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Chapter 4




DEVON  ロスアラミトス海軍航空基地内に臨時にあてがわれたクレメント次官補のオフィスは、重苦しい空気に包まれていた。
 部屋の中にはクレメントとデボンの他にもう一人、やせぎすで長身の男がいる。その男はさっきから何度も腕時計で時間を確かめていた。そして今、時計の針は午前11時50分をさしていた。
「クレメント次官補。ミスター・ナイトは12時に来るのですね」
「ああ。さっき入った連絡ではそう言っていた。そうだったな、デボン」
 デボンは無言で頷くと、何気なく窓から街の方角を眺めた。
 街の商店街では10日後にせまったクリスマスの準備でみんな浮かれているのだろう。それに引き換え、これからここで起こるであろう事ときたら……。
 デボンはその事は考えまいとして窓から離れた。
 部屋の中ではさっき質問をした長身の男が、今度は何やら拳銃に似た形の、見慣れない道具とアンプルをジュラルミン製の小型のアタッシュケースから取り出していた。
「ドクター。それは?」
「ジェット・インジェクター……針を使わない注射器です」
 デボンの質問に、ドクターと呼ばれた男が答えた。
「危険性は無いのか?」
「ええ、使用する薬剤もヘキソバルビタールナトリウムですからね。生命に危険はまずありません」
 デボンは「嫌な話を聞いてしまった」とでも言うような顔つきで、それ以上質問するのをやめた。
 時計を見ると、時刻はもう間もなく12時になろうとしていた。
 ドクターがジェット・インジェクターを背広のポケットにしまい込んだ時、デスクの上のインターホンがマイケルが到着したむねを告げた。
「わかった、通してくれ」
 クレメントがインターホンに向かって伝えた。
 まもなくドアがノックされ、部屋にマイケルが案内されて来た。
「デボン、遅くなってすまない。渋滞に巻き込まれちまって……」
 マイケルはそこまで言ってから、部屋の中に見知らぬ人間が2人いるのに気づいた。
「ああ、失礼」とデボンの顔を見る。
「彼がナイト2000のパイロットのマイケル・ナイト。マイケル、こちらは私の友人で、国防総省のクレメント次官補、そしてこちらがドクター・ストーン」
 デボンの紹介を受けて、3人は握手をしあう。
「さて、と……デボン。『急いで来い』なんて言ったからには緊急の用件があるんだろう? 電話じゃろくに話してくれなかったけど、もうそろそろ詳しい話を聞かせてくれたっていいじゃないか」
 マイケルにせかされたデボンは、しかし、なかなか切り出せないでいる。
「デボン。私から話そう」
 見かねたクレメントが口をはさんだが、デボンはそれを押し止め、決心したように話しだした。
「実はな、マイケル……」
 デボンは、昨日自分が聞かされた話を今度はマイケルに説明した。
 始めのうちはマイケルも驚いた表情で聞いていた。しかし話が『KITTをテストする』と言う所まで来ると、次第にその表情は険しいものになって行った。
「……で、テストと言うのはどんなものなんだ」
 マイケルの言い方はすっかり詰問調になって、デボンをたじろがせた。
「それは……君が死んだことにして、KITTの反応を見る。テスト期間は3日間」
「その間を過ぎてもナイト2000のコンピュータが正常なままであれば、我々としてはそれ以上の要求はしない。簡単なテストだと思うがね」
 クレメントがデボンの説明を補足した。
「じゃあ…、もしKITTに異常が現れたら。あんたたちの言う危険な存在になったとしたら?!」
「……その時は、我々の手でKITTを破壊する」
 マイケルは「信じられない」と言うようにデボンを見つめ、叫んだ。
「本気なのか、デボン!」
「マイケル。君の気持ちは分かる。私だって好きでこんな事をする訳じゃあない。だがテストの結果によってはFLAGとしてもそうせざるを得ない。協力してくれ」
「ごめんだね!」
 マイケルはデボンに向かって大きく両手を広げた。
「とても協力なんて出来ないな! そんなテスト、KITTに対してアンフェアだ。こんな計画に協力するなんてあんたどうかしてる! とにかく俺は断る」
「マイケル」
 しかしマイケルがもうこれ以上デボンの話を聞く気が無いのは誰の目にも明らかだった。
「ミスター・ナイト、我々に是非協力してもらいたい。それはナイト財団の為でもあるのですぞ」
「今度は脅迫か!?」
 マイケルはクレメントを見据えた。
「誰が言ったって無駄さ。KITTはただのコンピュータなんかじゃないんだ、俺の親友なんだ。友達を罠にかけるようなまねなんか出来るわけないだろう!」
 そう言い切って、さっさとドアの方へ向かおうとするマイケルに、ドクターがさっと近寄る。
「待ちたまえ、ミスター・ナイト」
「これ以上あんた達につきあう……」
 必要はない、と振り向きざまに言いかけたマイケルの首筋に、ドクターが素早くジェットインジェクターを押し当てて引き金を引いた。
 マイケルは激しいショックを受け、次の瞬間、目の前が暗くなり、そのまま闇に引き込まれて行った……。
「マイケル!」
 デボンは床の上に倒れたマイケルに駆け寄った。ドクターは手際よくマイケルの状態を調べている。
「ドクター、マイケルは本当に大丈夫なのでしょうな!」
 デボンが心配そうにマイケルを見ながら聞いた。
「ええ。脈拍もしっかりしている。大丈夫です」
「薬の効果は?」
 今度はクレメントはたずねた。
「約3時間」
「十分だな」
 クレメントがインターホンに向かって何か言うと、間もなく三人の兵士が部屋に入ってきた。
 男たちはクレメントの指示に従ってマイケルを部屋から運び出し、ドクターもそれに付き添った。あとにはデボンとクレメントが残った。
「今までのところは一応予定通りだな」
 ほっとした、と言った様子のクレメントを、デボンは恨めしげに見た。
 デボンにとって、これから一番辛い事が始まろうとしていた……。


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