エイプリルがFLAG本部に着いたのは、デボンとクレメント次官補より30分程遅れての事だった。
「エイプリル! さっきからデボンさんとお客さんが待ってますよ」 FLAGの職員の一人、キャシーが、エイプリルに駆け寄って心配そうに伝える。 「分かっているわ」 エイプリルはキャシーを安心させようと彼女の肩に軽く手を置き頷くと、意を決してデボンの執務室へと階段を上がって行った。 執務室のドアを開けると、中にいたデボンとクレメントがすぐさまエイプリルの方に振り向いた。 「エイプリル! いったいどう言う事だ。緊急だと言うから急いで来てきたら君もKITTもいないじゃないか! 君は……」 「待って!」 尚も言葉を続けようとするデボンを制した。 「話はこのテープを聞いてからにして下さい」 エイプリルは手にしたカセットテープをデスクの上のテープレコーダーにセットし、プレイのスイッチを押した。 デボンとクレメントもテープの音を聞こうと、デスクに近づいて来た。 スピーカーから電話のコール音に続いて女の声が流れだした。 『はい……』 『もしもし? 私だ。サンダースだ。ミスター・キングはいるか?』 『ええ、いるわ』 『代ってくれ』 相手の声がサンダース准将だと判り、デボンとクレメントは互いに顔を見合わせた。 『……ガース! あんたによ。サンダース准将よ』 「ガース」の名前にデボンが顔色を変えた。 『何をしていた! ナイト2000はどうなっている……』 続けて聞こえて来た男の声は、まぎれもなく聞き覚えのあるガース・ナイトの声だった。 ガースとサンダースの会話が続くに従いデボンの表情が強ばって行く。死んだと思っていたあのガースが生きていた! しかも今度の「KITTを試す」件に絡んでいるとは! しかし話の内容が「衛星の強奪」に至ると、今度はクレメントが青くなる番だった。 やがて電話の切れる音が再生された所でエイプリルはテープレコーダーのスイッチを切った。 そしてずっと黙ったままテープを聞いていたデボンとクレメントの様子を見て、もう説得の必要は無くなったと知った。 「エイプリル! マイケルは無事なのか!?」 「ええ。ここへ来る前に病院から無事連れ出しましたわ」 それを聞いてデボンはほっとため息をつき、疲れ切ったように椅子に座り込んだ。 「そうか……。それで今マイケルはどこにいるんだ」 「KITTと一緒にガースの所に向かっています。デボン、ガースの狙いはマイケルだけでは無いわ。何かの強奪計画があるの。マイケルとKITTはそれを阻止しようとしているわ。二人に協力して下さい!」 「そうだった! サンダースが言っていたな。『衛星』を強奪するとか……。レン、君は何か知らんか!?」 デボンも再び活気付いた様子だ。一方デボンに衛星の事を聞かれたクレメントは何となく落ち着かないでいる。 質問に対して黙ったままのクレメントにデボンが詰め寄った。 「レン! 心当たりがあるようだな。はっきり言いたまえ。事は急を要するんだぞ!」 クレメントはデボンとエイプリルの視線を感じながらうつむいたままでいたが、やがて諦めて口を開いた。 「電話を借りる」 クレメントは緊張した面持ちでダイヤルを回す。 「……もしもし、クレメント次官補だが、サンダース准将に繋いでくれ。大至急だ!」 重苦しい沈黙が暫くの間続いた。 「…ああ、何?……。分かった」 受話器を置くと、クレメントはデボンの方を見た。 「サンダース准将が姿を消した。准将が衛星強奪の一味である事は本当らしい。……あの衛星が盗まれ、第三国の手にでも渡ったら、我が国としては極めてまずい立場になる。デボン、ミスター・ナイトに何とかこの計画を阻止してもらえないだろうか」 悲痛な表情のクレメントにデボンも頷く。 「分かった。だがその為にはその『衛星』について話してもらなければならんぞ」 「分かっている…。その衛星と言うのは恐らく今日の午後輸送される、国防総省が主体となって作り上げたレーザー兵器の実験用衛星の事だ」 「レーザー兵器? まさか例の、レーガン大統領のぶち上げたSDIの実験か?」 デボンはあきれてクレメントの顔を見た。 「しかしだな、あれはまだ議会の承認も得ておらんのだろう。それにあの計画はABM条約に抵触する恐れもあるやずだ。そんなものを君たちは……」 「だからまずいんだ! これが今表沙汰にでもなれば今後のわが国の国防計画にも大きく響く。それは何としても回避しなければならんのだ」 「何という勝手な事を!」 デボンの憤りにクレメントはそっと目をふせた。 「ともかく今は衛星を何とかしんければならん。レン! 君はすぐに衛星の輸送隊と連絡をとれ。それから近くの軍の基地に援軍を要請するんだ。こっちはマイケルと連絡を取る!」 クレメントは今やすっかりデボンの指示に従って動いていた。 クレメントが軍に電話をしている間に、エイプリルは専用端末でマイケルを呼び出していた。 「デボン、マイケルが出たわ」 端末のモニター・スクリーンにマイケルの元気そうな顔が映っていた。デボンはエイプリルの肩越しにモニターの中のマイケルと向き合った。 『デボン』 いざ面と向かい合うといささか決まりが悪い。 「…マイケル、いや、今回の事はだなぁ……」 『デボン、この件については後回しだ。エイプリルに聞いたと思うけど、ガースの奴がまたとんでもない事を企んでいる。奴の狙いは分かったのか?』 普段と変らないマイケルの様子にデボンは内心感謝しながら言った。 「ああ。ガースの狙いは運送中の実験用軍事衛星だ。奴の事だ。衛星を盗んで第三国にでも売りつける腹だろうが、そんな事はさせる訳にはいかんのだ。なんとしても……うん?」 デボンの後ろからクレメントが顔をのぞかせた。 「デボン、遅かった。すでに輸送隊とは連絡がつれなくなっているそうだ。直ちに軍の部隊が捜索に向かったが、間に合うかどうか……」 そう言うクレメントの目は、すがるようにデボンとマイケルを見ていた。 「そうか…。マイケル、聞こえたか?」 『ああ、デボン。聞こえた。こうなったら俺達で何とかするしかないな』 「頼んだぞ! マイケル」 マイケルは軽く片手を上げてそれに答えた。 モニターからマイケルの姿が消えた後も、デボンはモニターの前に立ったままだった。 「デボン。マイケルは大丈夫かしら」 エイプリルが心配そうに聞いた。クレメントもデボンを見ている。 「うむ…。あとは二人を信じるしかあるまい。しかしとんでもない事になったな…」 デボンは腕を組むと大きくため息をついた。 |
デボンと通信を終えたマイケルは、前方を見据えたまま言った。 「KITT、聞いたか」 “ええ、マイケル。またあの男と対決する事になりましたね。ゴライアスと一緒に海に落ちて、決着はついたと思っていたのですが” 「ああ、全くしつこい奴だぜ。だが今度と言う今度は俺は絶対に許さないからな! お前だってそう思うだろ?」 マイケルは厳しい口調のままKITTに尋ねる。 “はい、マイケル。ガースがいくら私を作ったウィルトン・ナイト氏の実の息子でも許せません!” マイケルもKITTの答えに満足そうに頷く。 「KITT、奴の隠れ家まであとどれくらいだ?」 マイケルの問いに答えて、モニター・スクリーンがモハーベ砂漠の地図を映し出し、その上を座標軸が走った。 すぐに座標軸は止まり、その交差した一点が赤く点滅する。 “……あと7分で到着します” 「よーし! 気を引き締めて行こうぜ、相棒!」 マイケルはさらにアクセルを踏み込んだ。 |