<<<Back ▲UP ■ The Farewell Knight ■



Chapter 19




 ガースはその頃衛星を奪うのにまんまと成功して、モハーベ砂漠の自分の基地に戻って来ていた。
 襲撃に使った黒い巨大なトラックから降り立ったガースは、そこにサンダースがいないのを見てとり、近くにいた部下に怒鳴った。
「サンダースはまだ来ていないのか!」
「まだです! 先程ロスアラミトスの基地の方に連絡を取ってみましたが、いませんでした」
「何だと?」
 サンダースがいないだけならまだいい。だが、サンダースが来ていないと言う事は、彼が連れて来る事になっているマイケル・ナイトも来ていないと言うことだ。マイケル・ナイトを確保する事はガースの計画にとってもっとも重要なポイントの一つだった。
 嫌な予感がした。ここまでほぼ全て予定通り進んできた計画に、初めて現れた障害が気に入らない。ふとナイト2000がまだ無事な姿のままでいると言う事実が重く感じられた。
 そのガースの不安に答えるように、周囲を警戒していた部下が報告してきた。
「南西方面から時速300Kmに近いスピードで何ものかが接近して来ます!」
 ガースは部下の言った方角をきっと見据えた。
 ―― マイケル・ナイト! ――
 ガースは踵を返すと再び黒いトラックに飛び乗り、派手に警笛を鳴らして発進した。


“マイケル、前方から何かが向かって来ます”
「よし、モニターしろ!」
 ナイト2000の2つのモニター・スクリーンの一方に、砂煙を上げて進んで来る黒い点が映る。
 マイケルが素早く頭上のスイッチを押すと、その黒い点が次第にズーム・アップされ、それが黒い40トントラックだと分かった時、マイケルが大声を上げた。
「ウワォ! KITT、見たかぁ?!」
“見ましたとも! ゴライアスです! 二度と見たくなかった相手ですが、まさかあの化け物まで蘇っているとは思いませんでした”
 その間にも黒いトラック……ゴライアスは次第に接近してくる。かなりのスピードを出している。
“どうします? マイケル”
「どうもこうもないさ。奴とは決着をつけるしか無い。KITT、念仏なら今のうちに唱えとけよ!」
 “そんな暇もありません。もう目の前です!”
 確かに目前に巨大な黒い塊が迫っていた。
 マイケルはとっさにハンドルを右に切った。
 そのすぐ脇を、轟音と共にゴライアスが通り過ぎる。風圧でナイト2000の車体が煽られる。
 ナイト2000は横滑りしながら態勢を建て直し、再びゴライアスに向かおうとした、ゴライアスの方も大きくカーブを切って方向転換し、何故かそのままその場で停まっている。
“どうしようと言うのでしょう、マイケル?”
「さあね。奴の事だ、おとなしく降参する為に止まったんじゃない事は確かだな」
 その時無線受信を知らせるLEDが点灯した。
“マイケル、ガースです”
 KITTの言うのも待たず、割り込むようにガースの声がナイト2000の中に響く。
『久しぶりだな、マイケル・ナイト。まさか俺の事を忘れちゃいないだろうな』
「忘れたい所だが、こうしつこく現れるんじゃ、忘れようにも忘れられないね、ガース!」
『相変わらず口のへらない男だ。だがそれも今のうちだ! 今日こお前を葬ってやるぜ!!』
 異常なまでのマイケルへの復讐心がその言葉に込められている。
 ガースは無線を切り、ゴライアスのアクセルを踏み込んだ。
 復讐の鬼と化したガースを内に、黒い巨大なトラックが再びナイト2000めがけて突進して来る。
“マイケル!!”
「分かってる!」
 まともにぶつかっては勝ち目は無い。それは過去2度の対決で体験済みだ。
 ゴライアスが目前まで迫り来るのを見て、マイケルはナイト2000のギアをバックに入れ、そのまま全速で後退した。
“いつまでもここままではいられません、マイケル”
 正面に位置するゴライアスは、次第に間隔を詰めて来る。
「KITT! 奴の弱点を調べろ!」
“出会った時すぐに調べました。しかしどこにも弱点は見つかりませんでした。マイケル、どうするんです?! このままではやられてしまいます! 前の時と違ってここには崖も無いんですよ!”
「弱音を吐くんじゃない!」
 そう言ったものの、何か名案があるわけではなかった。目前に迫ったゴライアスの運転席に、勝ち誇った様に不敵な笑みを浮かべたガースの顔が見えた。ここまで来てまた奴にやられるのか!?
(そうか!)
 マイケルはふと良い方法を思いついた。その時ゴライアスのスピードが更に増した。
「くたばれマイケル・ナイト!!」
 呪いの言葉とともに、ガースがアクセルを強く踏んだ。
 もうバックで逃げるのは限界だと悟ったマイケルは、ゴライアスがぶつかる寸前でハンドルを右一杯に切った。
 ゴライアスの鼻先が、わずかにナイト2000の右全面を擦り、その衝撃でナイト2000は激しくスピンする。
「くそっ!!」
 マイケルは懸命にハンドルを操作し、スリップしながらもかろうじてナイト2000の態勢を整えるのに成功した。
 しかし息をつく暇もなく、前方に行きすぎたゴライアスもターンして再びナイト2000に向き直り、怪物の唸り声にも似たエンジン音を上げている。
「KITT、大丈夫か?」
“ええ、何とか…。かすっただけです。でもマイケル、かすっただけとは言え今のショックで私の原子結合殻にひびが入りかけています。今度やつに接触した時はひびくらいではすみません!”
「心配するな、KITT。奴の一番の弱点を見つけたよ」
 そう言ってにやりと笑ったマイケルの瞳にゴライアスが映った。
「行くぞ、KITT」
 そう言いざま、マイケルはアクセルを踏み込んでゴライアスめがけてナイト2000を発進させた。
 KITTは驚いた。
“何をするんです、マイケル!! 自殺行為です! やめて下さい!”
 マイケルに哀願するKITTの声は殆ど悲鳴の様に聞こえた。
「俺を信じろ、KITT! いいか。俺が指示したら奴のハンドルをロックしてくれ」
“でもマイケル……”
「言う通りにするんだ!」
“判りました”


 「ばかめ。勝ち目が無いとわかって自暴自棄になったか。それならば望み通りあの世へ送ってやるぜ!」
 正面から向かって来るナイト2000に、ガースは残忍な笑みを浮かべると、警笛を鳴らしてゴライアスのアクセルを一杯に踏み込んだ。
 マイケルはゴライアスがギリギリまで接近して来るのを待っていた。目一杯近づかなければKITTのマイクロジャマーはゴライアスには効かない筈だった。
「今だKITT! 奴のハンドルをロックしろ!」
“はい!”
 KITTが目の前に迫ったゴライアスのハンドルをロックすると同時に、マイケルはナイト2000のハンドルを今度は大きく左に切った。
 それを見たガースも「逃がすか!」とばかりに右に曲がろうとするが、KITTにロックされたハンドルはいくら力を入れても動かない。
 その間にナイト2000は急カーブを切ってUターンし、ゴライアスの右側にぴったりとつけた。
 マイケルはオート・クルーズのスイッチを押した。
「後はおまえにまかせる! KITT、サンルーフを開けてくれ」
“マイケル、まさかあなたは!”
「言っただろう、弱点を見つけたって。その弱点をたたくんだ!」
“無茶です! さっきまで眠らされていた人が……。無理です、マイケル!”
「無理でもやるしか無いんだ、KITT! ガースは俺だけじゃない、お前まで殺そうとしたんだぞ。その上軍事衛星まで奪った。そんな奴をこのまま逃がせるか!」
“でもマイケル…”
 なお躊躇するKITTに、マイケルは焦れったそうに聞いた。
「KITT、俺とお前とは長い付き合いだし、お前は俺の事を良く知っている筈だな。だったらもう何も言わなくても分かっているな?」
 KITTは諦めたように言った。
“分かりました、マイケル”
 KITTはしぶしぶながらもマイケルに言われた通りサンルーフを開けた。
「奴のドアのロックを外せ!」
“はい”
 マイケルはナイト2000の上へ乗り出し、ゴライアスの右側のドアへ飛び移ろうとした。それを目に止めたガースが、そうはさせまいとハンドルから手を離す。
“マイケル! 急いで!”
 マイケルは風圧と振動に耐えながら、なんとかゴライアスの右のドアにとりつき、取っ手を掴んだ。
 ガチャっと音がしてドアが開いた瞬間、ガースがマイケルを払い落とそうとして来た。
 マイケルはドアにしがみつくような態勢のまま、思い切りガースを蹴る。ガースは跳ね返されて運転席の左のドアにぶつかった。
 マイケルはとっさにガースに飛び掛かる。
「マイケル! きさまっ!」
「観念しろ、ガース! 車を止めるんだ!!」
 マイケルは狭い運転席の中でガースと激しくもみ合いながら、ハンドルとブレーキを奪おうとした。しかしガースも必死に抵抗する。
 かろうじてハンドルを掴んだマイケルが、すかさず叫んだ。
「KITT! ロックを解け!」
 ロックが解かれた途端、マイケルは大きくゴライアスのハンドルを切った。黒い40トントラックの巨体が揺らぎ、マイケルの首を締めつけていたガースの手が離れた。
「今だ!」とばかりにマイケルはゴライアスのブレーキを思い切り踏んだ。
 黒巨体が悲鳴のような轟音と土煙を立てて止まると、その運転席からマイケルとガースがもつれ合って転がり出た。


ガースのヘリを見上げるマイケル


 「貴様などに捕まってたまるか!」
 ガースがいきなり砂を掴んでマイケルの顔面めがけて投げつけた。
「うわっ!」
 マイケルは目に入った砂の痛みで、思わず組み敷いていたガースの体から手を放し、顔をおおう。そのスキにガースはマイケルを跳ね除けて逃げ出す。
「待て! ガース!!」
 痛む目をぬぐいながらガースを追うマイケルの頭上に、いつの間にかマイナの乗ったヘリが現れた。
“あぶない、マイケル!”
 KITTの叫びに振り向く間もなく、マイケルめがけてヘリが襲い来る。それを避けようとゴライアスの影に逃げ込むマイケルを無視し、ヘリはガースを追って縄梯子を降ろした。
「そうはさせるか!」
 再びガースを追おうと飛び出したマイケルを、マイナが機関銃で牽制する。
 弾丸の雨から逃れる為、マイケルがゴライアスの下へともぐりこんだ。その間にヘリは縄梯子に飛びついたガースと共に上昇する。
「KITT! マイクロ・ジャマーでヘリを引きずり下ろせ!」
 ゴライアスの下から這い出したマイケルが、コムリンクでKITTに叫んだ。
 KITTはジャマーのパワーを最大に上げてヘリを捕らえようとした。だがヘリは少し揺らいだだけでそのまま上昇を続けた。
“すみません、マイケル。距離が遠すぎました…”
「ちくしょう! ガースの奴!」
 ガースを乗せたヘリの姿はどんどん遠ざかっていくばかりだった……。
 やがてその姿が完全に見えなくなると、マイケルはKITTにもたれかかり、すっかり疲れきった声で言った。
「また逃げられちまったな。今回は奴にやられっぱなしだ…」
“でも衛星は無事取り戻しましたよ。ゴライアスの後ろに乗っています。それに、あなたも私も無事でした。ガースは何一つ望みを果たせなかった訳です”
 KITT流の慰めの言葉に、マイケルもやっと気を取り直して微笑んだ。
 辺りの風景はそろそろ傾いて来た日に照らされて、赤っぽくなっていた。
「さぁて、後の事は軍の連中にでもまかせて、俺達はそろそろ帰るか、相棒」
“はい、マイケル。エイプリルとデボンさんが待っています”
 マイケルは身体を起し、おもむろにナイト2000に乗り込むと、FLAG本部へ向けて発進した。


ナイト2000



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